昭和レトロな商店街の復活劇と進化とは

名古屋駅と名古屋城の近く、円頓寺商店街。昭和的匂いがするアーケード商店街

この商店街を歩いてみると、他の商店街との違いが、ご近所の住民に混ざって、他の地域に住んでいる人、外国人旅行者が多いのである。
名古屋駅からは徒歩15分のこの商店街に大きなスーツケースをひく姿が!
実は数年前まで半分以上空き店舗となった「シャッター商店街」だった。
復活劇に大きな役割を担った「インバウンド」をどのような作戦で得ていったのか?
京都のような寺社が多いわけではなく、秋葉原のように電化製品に特化しているわけではない。
商店街の役割が大きく変わった
商店街は地域の人のために近隣住民が生活に必要なものを調達する場であった。大型ショッピングセンターが登場するまでは、街の中心にある商店街はその地域の商売をほぼ独占していた。
商店街に並ぶ品物が、その地域で手に入る商品のセレクションのすべてで、商店街が行う販促イベントは近隣住民により足を運ばせ金を使わせるための仕掛けだったが、人々は郊外に住むようになり、買い物も場も多様化した。
「商店街=近隣の人の日常の買い物の場」という構造自体が失われ、商店街はシャッター街となり元気をなくした商店街が従来型のイベントや販促に一生懸命力を入れても、商店街活性化の効果を生まないのである。
円頓寺商店街は空き店舗・空き家対策を、リノベーションと個性的で力のある店を誘致することを支点にして活気を取り戻したのだが、その店舗誘致を含め、近隣だけでなく、円頓寺とそれまで縁がなかった店や客を呼び込んだことが成功の鍵となった。
呼び込むだけでなく、円頓寺商店街自らも外へ関心を広げ、繋がっていくことにより、その復活を「進化」させている。