陽を欲するものは、自らを虚となせ!

自分の頭で考えることのできる部下を育成するには
・自分の頭で考えられる上司である必要がある
・優秀な指導者が育てるから優秀な部下が育ち
・自分の頭で考える上司が育てるから自分の頭で考える部下が育つ
これはごく自然のことのように思う

実際には
指導者が優秀で主体的で自分の頭で考える人が、部下を潰してしまうケースは多いのは何故?
原因は、部下の分まで考え、驚かないから

自分の頭で考える人はしばしば、部下の事まで考えてしまい、考えたことはつい言いたくなる
ついついこうした方がいいよと口を出したくなるので、部下は考えなくなる
上司が先に考えてしまうから、部下としては、その意見に逆らうことも出来ず、黙って従う

上司が部下の分まで考えると、驚くことができなくなる
部下の考えそうなことは、すべてお見通しで、部下のアイデアに驚くどころか、それより、こっちの方がいいんじゃないかなと、部下とアイデアで張り合う
(部下は面白くない=何を提案されても驚かず、むしろ逆提案されるばかり)部下は考えなくなる
どうせ聞いてもらえないから、考えるのも面倒になり、上司の提案を黙って実行するだけになり、指示待ち人間が出来上がる
※自分の頭で考える上司は、部下の分まで考え、驚かないことにより、部下から能動性、自主性を奪ってしまう

本当に、自分の頭で考える部下を育てたいなら、この逆をすればよい
・部下の分まで考えないこと
・驚くこと
部下の提案が自分の腹案より見劣りしていても、それを口に出さない
アイデアの良否より何より、自発的に考え始めたこと自体を喜び、思考を促す
(おお! いいね! 他にも何かあるかな?)
問いを発し続け、思考を深める補助はしても、何をどう考えるかは部下任せにする
(一言一言に対しほう!、それでそれで?と、驚きと関心を示す)
それが部下にとって、自分の頭で考えるエネルギー源となり、頭がフル回転し始める
やがて本当に驚かされることになる(ええ! まさかこんなアイデアが!)と

上司自身が自分の頭で考えることと、部下に自分の頭で考えてもらうことは、求められるテクニックがまったく異なる
自分の頭で考える上司は、自分のように考えることを部下に期待する
部下は別の人格であり、あなたとは別の人生経験を歩んできているので、同じものを見ても感じ方、考え方が異なって当然
部下はあなたと違い、あなたは部下はない
違うのだから、自分と同じように考えることを期待しない
この人は自分とどこが違うんだろう?と、違いを積極的に楽しむ
そこに心構えすると、自分と違う考えに出会ってもガッカリすることはなくなり、むしろ違いを楽しみ、驚ける
(ああ、そういう考え方もできるのか! 自分だとこんなふうには考えないなと)

部下は、自分の発想に驚き、面白がる上司の様子を敏感に察知すると、自分なりの考えでかまわないのだと安心するようになり、萎縮して動きの悪かった思考が、いきいきと躍動する
思考は部下に任せ、違うことを面白がり、驚こう、部下の分まで考えない
違い、工夫に驚くのが、部下の意欲と思考を刺激する
 目指す上司像は、部下の成長を自分のこと以上に喜び、部下が悲しんでいるとオロオロする、ただそれだけでも部下にとって上司は、能動的に学び、努力する動機であり、自分が成長することで、上司を驚かせたくなる
(にこやかに見守り、話を聞き、成長に驚き、喜んでいるだけで一見、主体性もなく、何もしていないかに見えるが、理想の指導者像)

管理職は、部下の分まで考えるのではなく、部下の考えで満たすための虚を用意する
リーダーを器と呼ぶには、それなりの理由がある
水を四角い形にしたいとき、四角くなれ!と命じたり、殴ったり蹴ったり、握り締めたりして、四角くしようとしませんよね
水を四角くしたければ、四角い容器を用意すればよく、水は自ら、四角い空虚を埋めようとして、四角くなる
部下の心も同様で
上司が耳を傾け、意見の一つひとつに驚いて見せれば、部下から能動性が引き出され、問いを発し続けることで、部下がそれに答えようとする
答えようとするとき、ウンウンと聞き
その答えに感心すれば、さらに感心させようと考え、意見を述べてくれる
上司は虚になるべきです、リーダーを器と呼び、特に優れたリーダーを大器と呼ぶのは、部下の才能で満たされるよう、自らに虚を用意しているからです

陽を欲するものは、自らを虚となせ
部下に主体的に動いてもらいたいなら、上司は、あえて聞き役に回ることで、上司という虚を満たそうとして、部下が活躍し始めるでしょう